ぼくの感覚的な話ですけれど。
ぼくは高校の途中まではすごく理系的な子どもでした。
高1のときには物理の先生が大学レベルだと前置きして出題した
証明問題を週末ずっと考えるくらい問題を解くのが好きでした。
けっきょくその問題は正しく証明できたんだけど、
エレガントじゃないから先生は最初理解できなかったんですね。
次の日に「あれはあってたよ」といわれたんだけど、
矢野先生ならエレガントじゃないだけでバツでしょうね。
その後ぼくは微分積分がさっぱりわからなくなって
文転する(文系にうつる)んですけど
それからはとにかく理系からは逃げてきました。
…
ずっと読もうと思ってほったらかしにしていたんですけど
「ほぼ日」で連載していたHubSpotの訪問記事を読みました。
なかなかおもしろかったので、お時間のあるときにぜひ。
でね、なかでも印象的だったのがふたつあって、
ひとつはHubSpotの社長、ブライアンがいう
「50年後にあってもおかしくないような企業文化をつくろう」
という話。
彼らはこのことを「ポストモダンな会社」といってるんだけど
とってもいいなあと思いませんか。
いまの多くの会社組織とか働き方が破綻していることを
ぼくらは自覚しているわけだけど、だからといって
ただ風変わりな会社を新しくつくってもしょうがない。
…
献本ディナーでお会いした時にもおっしゃっていたけど、
具体化するのは簡単で、抽象化する方が難しい、と。
一緒に読みたい本があって(武田さんのソーシャルメディア進化論)、
献本いただく前に読み始めちゃってたんでそれが終わってからだけど、
きちんと読み込んで、抽象化して整理していきたい。
ちょっとほめてもらえたのでうれしい話。
今回出した本はツイッターで見かけた自分への発言に対して
こちらから話しかけましょうねって内容なのですが、
当然ぼくも自分の本の感想にコメントしたり、
みんなのレビューをまとめたりしているんです。
それを見てくださった方が、「投げっぱなしじゃない姿勢」がすごくイイと思う。
こうした取り組みがまさにアクティブサポートそのものだし、
「理論」と「実践」の両輪で回そうとするところに
とても好感がもてる。と書いてくださった。
いやー、ほんとにうれしいなあ。
そもそも今回書いた本はぼくがここ数年にわたって
…
森高千里が好きです。
デビュー当時は宅八郎の影響(悪影響のほう)もあって
敬遠してたんだけど、「臭いものにはフタをしろ!! 」とか
「勉強の歌」あたりから、斬新すぎる歌詞が気になって
顔も声もおもいっきりタイプだからハマっちゃったと。
その独特な歌詞のセンスが最高に発揮されたのが「この街」だね。
「魚も安くて新鮮♪」なんて歌詞はふつうの人には書けない。
彼女は話すように歌う、日常会話を音楽にしたすごい人で、
「ロックンロール県庁所在地」なんてほかの誰にも書けないよ。
で、そんな森高千里なんだけど、彼女はもともと
「第1回ポカリスエット・イメージガールコンテスト」で
…
「頭がいい」ことと「勉強ができる」はちがうよって
いろんな人がいってます。
たぶんそうなのでしょう。ぼくもそう思ってます。
では「頭がいい」とはどういう人のことをいうのでしょう。
頭の回転が速い、機転が利く、一を聞いて十を知る、などなど
いろんな表現があります。
最後のは『論語』にある言葉です。
孔子の弟子の顔回を評していった言葉ですが、
たしかにすごそうですよね。
スピードなのかなあ。
理解のスピード、発想のスピードなどが他の人よりも
秀でてるんでしょうか。
そう考えれば、頭がいいといわれるような人は
周囲の人が理解し終わる前に理解しきってしまってるので
…
常に持っていたいなと思う感覚です。
自分よりすごい人はたくさんいるし、
自分よりすごくない人もきっとたくさんいる。
過信しちゃいけないと同時に、自分を卑下する必要もない。
そういう自覚を持ち続けるために「ぼちぼちだな」とか
「たいしたことないな」という言葉は効果的で、
戒めつつも落ち込まないですむバランスを持っています。
もっとも「すごい」とか「すごくない」ってのは
何をするかでも変われば、誰が評価するかによっても
ぜんぜん変わってくる話です。
たとえばお箸で大豆をつかむのは抜群にうまくても
グリーンピースになるとそうでもないとか。
家では無敵だけど、学校ではぜんぜんダメだとか。
Twitter / @文学少女・焼きたて・しのくん (via raitu)とある喫茶店で。騒がしい集団に店内全体が眉をひそめていたときの こと。一緒にいた友だちがふらっと席を立って彼らの席に行くと、騒がしい集団が急に静かになり友だちと握手してました。文句言ったの?と聞くと「告白した いから少し声落としてくれませんかって言ってみた」んだと。なにその素敵注意。
(via jollopper)
おお!早速updateかけてみよう!!
■『ワタシのドレイちゃん』について
『ワタシのドレイちゃん』は、ユーザーがご主人様となってmixi上のマイミクシィをドレイちゃんとして買い取り、自分の思い通りに飼育/育成できるソーシャルゲームです。ドレイちゃんに対して”勝手にニックネームをつける”、”ヘンなセリフを言わせる”、”強制労働をさせる”など、ご主人様の思い通りにドレイちゃんを操ることができます。ご主人様はドレイちゃんを働かせるなどのアクションでゲーム内の所持金を稼ぎ、ランキング上位を目指します。
作った会社の方のリリース。なんか明日には消えてそうな気配がするのでクリップしておこうっと。
(via swmemo)
考えてみると、アニメとかラノベとかだとこういう極端な設定ってよくあって、物語になんらかの意味を与えてることがある。ほら「使い魔」とかさ。でもそういう設定を実際のユーザーにあてはめるととたんに問題化するってわけで、このずれにもちょっとは注意を払わなきゃいけないかもしれないね。
(via h-yamaguchi)
問題のひとつは明確で、マイミクが対象になるところですね。なんてわざわざ書くのもあれですが。物語の場合はなんらかの形で「これはお話ですよ~」という前提のもとで作られてるものなので別物でしょう。
今回のは、まぁざっくり書くとmixi内いじめ装置を作ったようなものなので。PTA的観点まで行かなくても駄目駄目でしょう。そして、青少年健全化サイト活動とかやってる隣でこんな体たらくだと、健全化活動そのものが怪しくなるとかダメージはあれこれと。
コンプラ部門にしても、今回の件を察知できなかったんですかね。
(via swmemo) (via yuco) (via radioya)やっぱり、そうなるよね。使っているWebサービスをひとまとめにしたい、というニーズは間違いなくあるんだよな。
典型的な視聴者は、50歳の専業主婦で高卒だと思え
phi:
土屋敏男氏(日本テレビ)
業界内の正直な意見として次のように述べている
「実は、ぼくら地上波のテレビをやっている人たちは、視聴者を信じていないんですよ。
見ている人のことを、かなりモノがわからない人だと想定して、その人たちにどう見せるかと工夫しているんです。
ものすごく悪い言い方をすると、もう「馬鹿にどう見せるか」と、みんな絶対にクチには出さないけれども、
どこかの所ではみんながそう思っているようなフシがありますね」
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大橋巨泉氏
――テレビが日本の民度低下に影響しているということはありませんか。
「その見方は、すごく皮相的だよ。(米国では)ビル・ゲイツもブッシュ家も、ニュースやスポーツ中継以外、
テレビなんか見てませんよ。(日本も)勝ち組とか金持ちとかインテリがテレビを見なくなっただけなんですよ。
負け組、貧乏人、それから程度の低い人が見ているんです。だから、芸能界の裏話を共有した気になって満足しているんです」
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池田信夫氏(元NHK)
「しかしこういうドライな演出は、日本では受けない。素材の情報より、
スタジオでみのもんたが大げさに憤ってみせるコメントのほうを視聴者(特に女性)は喜ぶからだ。
私がNHKに勤務していたころ教わったのは、「典型的な視聴者は、50歳の専業主婦で高卒だと思え」ということだった。
たぶん民放はもっと低く設定しているだろう。それが市場メカニズムでは正解である。
1億人の知的水準の平均値は、当ブログの読者には想像もできないぐらい低いのだ。
それに迎合する古舘氏の戦略は正しいが、まともな視聴者が見ていて気持ち悪いということは知っておいたほうがいい」
